韓国で行われたニッケルアレルギー調査
2008年に発表された韓国の研究(Journal of Korean Medical Science)は、市販されている金属製品からどの程度ニッケルが溶け出すのか、そしてアレルギー患者がどの濃度で反応するのかを調べたものです。当時の韓国には欧州のようなニッケル規制はなく、現実にどの製品がリスクになるのかははっきりしていませんでした。この調査は、その「実態」を科学的に明らかにした最初期の試みといえます。
欧州のニッケル規制
欧州のニッケル規制
研究の序盤では比較対象として、ヨーロッパ連合(EU)の規制値が紹介されています。1994研究では比較対象として、ヨーロッパ連合(EU)の規制値が紹介されています。1994年に制定された「ニッケル指令」では、以下のような基準が定められました。
- 耳ピアス用のポスト(金属軸):ニッケル含有量は0.05%(500 µg/g)以下
- 皮膚と長時間接触する製品(イヤリング、時計のベルト、ジッパーなど):溶出量は0.5 µg/cm²/週以下
- コーティング製品:通常の使用で2年経過後も、この基準を超えてはならない
さらに2004年の改訂で、ピアス用金属からの溶出は0.2 µg/cm²/週以下と、より厳しく定められました。研究では、この規制導入後に欧州でのニッケルアレルギーの頻度が減少したことも触れられています。
ここで重要なのは、規制で使われている「含有量」と「溶出量」という2つの基準の違いです。
- 含有量とは、金属そのものの中にどれくらいニッケルが含まれているかを示す値。
- 溶出量とは、汗や皮膚に触れたときに実際にどれだけニッケルが溶け出してくるかを測った値。
たとえば含有量が高くても、表面処理で溶け出さなければ安全な場合もあります。逆に含有量が少なくても、表面からじわじわとニッケルが溶け出すとアレルギーの原因になり得ます。そのためEUは「含有量」だけでなく「溶出量」にも基準を設けているのです。
さらに注意したいのは、これらの基準は「ニッケルを完全に含まない」ことを意味するのではなく、溶け出す量が人体に影響しにくい水準以下であることを求めている点です。工業的にニッケルを完全に取り除くのは難しく、ステンレスや合金では微量に混ざることが多いためです。
ベルトやアクセサリーが調査対象
研究チームは、ソウル市内の人気ショップで実際に販売されていた製品を購入し、分析を行いました。対象となったのは以下の4種類です。
- ピアス:9種類
- ベルトバックル:2種類
- 金属ボタン:2種類
- フック:1種類
これらの製品を人工の汗液に7日間浸し、どれだけニッケルが溶け出すのか(溶出量)を測定しました。さらに、金属自体にどれくらいニッケルが含まれているのか(含有量)も分析しています。
この調査方法は、実際の使用環境を模した人工汗液を使って測定している点が特徴です。単に成分を調べるだけでなく、「肌に触れたときにどのくらい溶け出すか」を重視した設計になっており、日常生活でのリスクを評価するのに近いアプローチといえます。
測定の結果:ピアスは比較的安全、しかし…
人工汗液での実験により、製品からのニッケル溶出量が明らかになりました。
ピアス
- 9種類のうち6種類は溶出量が検出限界以下で、ほとんどニッケルが溶け出さない結果でした。
- 検出されたものでも 0.25〜0.43 µg/cm²/週 と、EUの規制値(0.5 µg/cm²/週)を下回っています。
- ただし、「14金ホワイトゴールド加工のピアス」では想定以上にニッケルが検出され、金のコーティングであっても完全には溶出を防げないことが示されました。
ベルトバックル・ボタン・フック
- ベルトバックル:1.36~1.41 µg/cm²/週(EU基準の約3倍)
- フック:1.38 µg/cm²/週
- 金属ボタン:0.38~0.44 µg/cm²/週
特にベルトバックルとフックはEU規制値を大きく超えており、日常的に皮膚と接触する衣類の金具が大きなリスクになり得ることが分かりました。
ニッケル含有量の分析
研究では溶出量に加えて、**金属そのものにどれだけニッケルが含まれているか(含有量)**も調べています。
- ピアス:検出限界以下のものから、最大で 181 µg/g のニッケルを含むものまで幅がありました。
- ベルトバックル:3,830〜5,150 µg/g と非常に高濃度。
- フック:3,130 µg/g。
- 金属ボタン:149〜468 µg/g。
この結果から分かるのは、ピアスよりもベルトやボタンといった服飾金具の方が圧倒的にニッケルを多く含んでいるという点です。
また、含有量が多いほど溶出量も増える傾向が見られました。つまり、金属中のニッケルの量と、実際に皮膚に触れて溶け出す量には強い関連があることが示されています。
パッチテストの結果:患者はごく微量でも反応
研究では、ニッケルアレルギーと診断されている20名の被験者に対し、ニッケル硫酸塩をさまざまな濃度に薄めてパッチテストを行いました。
結果は次の通りです。
- 全員が1%のニッケル溶液で陽性反応を示した。
- 半数(20名中10名)は0.01%という極めて低い濃度でも反応。
- 最も敏感な被験者は0.0001%(100万分の1濃度)でも反応した。
この数値は、ヨーロッパで過去に行われた研究よりも低い濃度で反応が見られたことを意味します。つまり、韓国の被験者は欧州の報告と比べてより敏感にニッケルへ反応する傾向があると考えられます。
さらに、この20名のうち4名はアトピー性皮膚炎の既往を持っていました。その中には、比較的低い濃度(0.01%)で反応を示した人もおり、皮膚のバリア機能が弱い人はニッケルに過敏になりやすい可能性も示唆されました。
この研究が示すこと
韓国で行われた今回の調査研究は、市販されている金属製品の実態を科学的に測定し、さらに患者の感受性まで検証したという点で大きな意義があります。結果から浮かび上がったポイントは次のとおりです。
- ピアスは比較的安全だが例外もある
- 多くのピアスはEU基準を下回っていたが、ホワイトゴールド加工のピアスでは予想以上のニッケル溶出が確認された。
- ベルトやボタンなどの服飾金具は高リスク
- ベルトバックルやフックはEU規制値を大きく超えるニッケルを溶出。
- 含有量も数千 µg/g と非常に高く、ピアス以上に危険性が高い。
- 韓国の被験者は欧州の報告より敏感
- 半数が0.01%の濃度で反応し、最も敏感な人は0.0001%でも症状が出た。
- 韓国や東アジアの一部の人は、欧州で想定されている以上に低濃度でアレルギーを起こす可能性がある。
- 規制の必要性
- 著者らは、韓国でもEUのような厳格な規制を導入すべきだと結論づけている。
- 規制が整えば、ニッケルアレルギーの新規発症を抑えられる可能性が高い。
まとめ
韓国で行われたこの研究は、市販アクセサリーや服飾金具からどの程度ニッケルが溶け出すのか、そして患者がどの濃度で反応するのかを明らかにした初めての大規模調査でした。
- ピアスは比較的安全だが、一部では規制値に近い溶出が確認された。
- ベルトバックルやボタンなどは、EU基準を大幅に超える量のニッケルを含み、実際に溶け出していた。
- 韓国の患者は、欧州の研究よりもはるかに低濃度で反応する傾向が見られた。
- 結果として、韓国でもEUのような厳格な規制が必要であると結論づけられている。
このように、本研究は「金属アレルギーのリスクがどこに潜んでいるか」を具体的なデータで示しており、消費者が安心して製品を選ぶための重要な知見を提供しています。